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福岡高等裁判所 平成4年(ネ)117号 判決 1992年12月21日

控訴人

安永眞言

安永悠紀子

安永和敏

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

竹中一太郎

被控訴人

株式会社九建ホームズ

右代表者代表取締役

北山研二

右訴訟代理人弁護士

辰巳和正

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人らに対し、金一三〇〇万円及びこれに対する平成三年五月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一控訴人らは、主文第一項ないし第三項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄に記載したとおりであり、証拠関係は、原審及び当審の各訴訟記録中の書証目録、証人等目録に記載したとおりであるから、これらを引用する。

1  原判決二枚目裏三行目の「請求することができる。」の次に「なお、買主が不履行した者であるときは、右の違約金の金額から受領済みの金員を控除して得られる金額を支払うこととする。」を加える。

2  同三枚目裏二行目の「には、」の次に「買主は本件売買契約を解除することができ、この場合、」を加える。

3  同三枚目裏末行から同四枚目表一行目までを次のとおり訂正する。

3  控訴人らは、被控訴人主張の融資利用の特約について、次のとおり主張する。

(一)  融資利用の特約は存在しない。

なるほど、本件売買契約締結時に作成された不動産売買契約書(<書証番号略>)には、融資利用の特約の見出しのもとに第一三条で「1 買主は、売買代金の一部に表記の融資金を利用する場合、本契約締結後すみやかにその融資の申し込み手続をしなければなりません。2 前項の融資が否認された場合、買主は表記の期日内であれは本契約を解除することができます。3 前項により本契約が解除された場合、売主は、買主に受領済みの金員を無利息にてすみやかに返還しなければなりません。」との文言が印刷されており、これに対応して「表記の融資金」欄には、融資の利用(有・無)、融資申込先、第一三条第二項の期日、融資金額の各表題が印刷されている。ところが、これらの各欄にはそれ以上の内容にわたる具体的記載はなく空白である。

そもそも本件売買契約が締結されたのは、控訴人らにおいては本件土地を売却してその売買代金をもって他所に新しく居住用建物を新築するためであり、一方被控訴人においては、本件土地上にいわゆる建売住宅を建築してこれを敷地とともに他に売却して利益をあげようとしたためである。従って、控訴人らは、本件土地を売却するに当たって現に居住している本件土地上の建物をその責任と負担において解体撤去し、本件土地を更地の状態にして被控訴人に引渡すことを約束したのである。このようなことから、控訴人らは、本件売買契約が解除されると、右の新築にとりかかれず、まして新築工事に着手した後に解除されると、右工事に要する資金の捻出に窮することになる。このように、控訴人らは本件売買契約が解除されないことに特段の利害を有していたのであるから、被控訴人主張のような解除が容易になされかねない特約を合意するわけがなく、そうであるからこそ前記のように「表記の融資金」欄の内容が空白のままにされたのである。

(二)  仮に融資利用の特約が合意されたとしても、これに基づく被控訴人の解除権行使によって何の効果も発生しない。

すなわち、前記の本件売買契約締結の目的にかんがみると、右の解除権行使が許される期限は遅くとも控訴人らが前記新築工事に着手するまでとする合意が成立していたものであるところ、控訴人らは平成二年九月初旬には他所に前記新築工事を開始した。しかるに被控訴人が融資利用の特約に基づく解除権を行使したのは、早くて翌三年四月一七日ころ以降のことである。すると、右の解除権行使はその許容される期限を過ぎてなされたものであって、効力はない。

次に、本件売買契約書中の第一三条第一項によれば、被控訴人は本件売買契約締結後、すみやかに融資申し込みをしなければならないのにこれをしなかった。それにもかかわらず同じ第一三条に基づく解除権を行使するのは、同じ条文上の自己の義務を履行しないでおきながら同条文の適用を主張するもので、信義則上許されないことである。

そして更に、被控訴人において、融資利用の特約に基づく解除権を、本件売買契約締結時または平成二年七月三一日に放棄していた。

また、控訴人らは、平成二年九月八日には新築工事にとりかかり、翌三年三月二〇日新築建物に転居し、約定により同年四月八日から一週間をかけて本件土地上の建物を解体撤去して本件土地を更地にしてしまったが、被控訴人も本件土地につき建売住宅用地として広告、宣伝するなどの営業活動をしていた。このような事情が生じた後に解除権を行使するのは、民法五五七条の法理に照らしても、権利の濫用として許されるものではない。

4  このようにして、本件の中心的争点は、被控訴人主張の融資利用の特約が存在するかどうかである。そして、この存在が認められるとき、この特約に基づく解除権行使によってどのような効果が発生するか、あるいは何の効果も発生しないか、というのが次の争点である。

三当裁判所の本訴請求に対する判断は、次のとおりである。

1  前記「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」に、証拠(<書証番号略>、原審証人新開憲之、原審及び当審証人深町敬輔、当審証人牧耕造、控訴本人安永眞言)を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人らは、その所有する本件土地の売却の仲介を訴外三井不動産販売株式会社(以下「訴外会社」という。)に依頼し、同訴外会社九州支店が担当することとなったが、その際、控訴人安永眞言から同支店における担当者である北九州営業所長深町敬輔、同営業所員で宅地建物取引主任者である牧耕造らに対し、本件土地売却の目的がいわゆる建替えであること、すなわち本件土地の売却代金をもって他所に新しく居住用建物を建築し、そこに現在居住している本件土地上の建物から転居することである旨述べられた。従って、一旦売買が成立しながらこれが白紙に戻ることは右の建替え資金を取得できないことになって建替えに着手できないばかりでなく、もしも建替えに着手した後に白紙に戻るというようなことにでもなれば一層困ったことになるから、確実に売買が実行されること、また建替え工事中はその完成まではなお本件土地上の建物に居住しなければならないから、本件土地の引渡し期限を新築建物が完成してこれに転居が可能となるときとしてもらいたいこと、そのときには地上建物を収去して本件土地を更地にして引渡すこと、以上の点も併せて同控訴人から訴外会社の担当者らに説明され、この旨了承された。

(二)  そこで訴外会社九州支店は、かねてから取引のあった被控訴人会社に本件土地の購入を打診し、売主である控訴人らの前記の要望等も告げたところ、被控訴人会社の担当者である福岡営業所長新開憲之も控訴人らの事情を了承のうえ本件土地を購入したい旨を表明した。

かくして、平成二年六月二九日、本件土地の売主側として控訴人安永眞言、買主側として被控訴人会社の前記新開憲之、同専務取締役井上某、双方の仲介人として訴外会社の前記深町敬輔、牧耕造、以上五名が立ち会って、本件土地売買の協議が進められたが、この場でも売主の控訴人らの本件売買に関わる前記の事情、要望等が説明された結果、この要望が斟酌されて引渡期限を翌年四月三〇日とする等が取り決められ、前記「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実」の「1」に記載したとおりの本件売買契約が締結されて、この旨が記載された「不動産売買契約書」(<書証番号略>、以下「本件契約書」という。)が作成された。

(三)  ところで、本件契約書裏面には、(融資利用の特約)という見出しの第一三条として、「買主は、売買代金の一部に表記の融資金を利用する場合、本契約締結後すみやかにその融資の申し込み手続きをしなければなりません。2 前項の融資が否認された場合、買主は表記の期日内であれば本契約を解除することができます。3 前項により本契約が解除された場合、売主は、買主に受領済みの金員を無利息にてすみやかに返還しなければなりません。」と予め印刷された記載があることから、この融資利用の特約について協議されたところ、前記新開憲之は、残代金は取引先の銀行から融資を受けて支払うが、取引のある銀行が複数あるのでどの銀行から融資を受けるかまだ決まっていないこと、しかし融資を受けられないことはないから解除することなどない旨を述べた。これに対し、仲介に当たっている深町、牧らは、新開のいうところは結局は本件売買契約がこの融資利用の特約に基づいて解除される事態はないことをいっているものと判断して、そのようなことならそれ以上に融資先の銀行等を特定するまでもないし、現に書き様もないとして、前記第一三条に対応する本件契約書表面の「融資の利用(有・無)」欄、「融資申込先」欄、「融資金額」欄、「第一三条第二項の期日」欄のいずれにも何も記入せず、また新開においても空白のままでよいと述べ、控訴人も格別に異を唱えなかったので、結局、右各欄は白地のままとなった。

(四)  このようにして、本件売買契約締結と同時に約定の手付金一三〇〇万円が控訴人安永眞言から新開らに交付された。その後、前記「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」の「1・(三)」の約定による手付解除の行使期限である平成二年七月三一日ころ、訴外会社の前記深町は、前記新開に対し、契約解除の有無について問い合わせたところ、契約解除はないとの回答を得たので、この旨を控訴人安永眞言に伝えた。そこで、同控訴人は、同年九月八日ころ、建替え工事に着手し、翌三年三月には竣工したのでそのころ転居するとともに、同年四月五日から一週間程かけて本件土地上の従前の建物を解体、撤去して本件土地を約定どおり更地にした。そして、控訴人らは、被控訴人会社が約定期限である同年四月三〇日までに残代金一億一七〇〇万円を支払わないので、同年五月九日付け書面をもって、同書面到達後五日以内に残代金を支払うよう催告するとともに、同期日までに支払わないときには右期日の経過と同時に本件売買契約を解除し、違約金としての金一三〇〇万円の即時支払を求める旨の意思表示をし、同書面は同月一〇日に被控訴人会社に到達したが、期日までに残代金の支払はなかった。

(五)  一方、被控訴人会社は、本件売買契約締結後まもなくして(遅くとも平成二年九月までに)、訴外株式会社西京銀行に対し、本件土地を担保に融資の申し込みをしたが、本件土地付近の国土法価格一坪当たり約一〇〇万円を超える売買代金相当額の融資申し込みであることを理由に断わられた。このため被控訴人会社は、平成三年四月になって同月一二日付け書面をもって、控訴人安永眞言に対し、残代金の支払期限を同年七月三一日まで延期してほしい旨申し入れたが断わられ、次いで本件土地につき右国土法価格で算出した額相当額の融資を受けるため、この旨の代金減額をも申し入れたが、これも同控訴人に断わられた。

そこで被控訴人会社は、同年五月二日付け各書面をもって、控訴人らに対し、本件契約書第一三条第三項の融資利用の特約に基づいて本件売買契約を解除するとともに既に交付していた手付金一三〇〇万円を返還するよう求め、これら書面は同月八日までにはすべて控訴人らに到達した。

2  そこでまず、本件契約書第一三条にいう融資利用の特約の意義について検討することとするが、右の第一三条の文言及びこれに対応する本件契約書表面の各欄の見出し並びに証拠(当審証人深町敬輔、弁論の全趣旨)を併せ考えると、この第一三条所定の融資利用の特約の意味するところは、次のようなものと認められる。すなわち、不動産売買において、一旦、代金額とその支払期限が合意されたにもかかわらず、買主が何らかの事情によってその代金を手当できないときには、買主は債務不履行責任を負うのが原則であるところ、この融資利用の特約は、代金の手当を銀行等の融資に仰ぐときには、この旨を明示し、さらに融資申込先、融資を求める金額をも明示したならば、明示したとおりの融資が得られず、従って代金の手当がつかないために通常ならば買主が債務不履行に陥るところを、一定の期間内において、この融資が得られないことを理由に買主が無条件で当該売買契約を解除することができ、契約上の一切の責務から解放される、というものである。

そうすると、本件契約書第一三条のいう融資利用の特約は、買主の売買契約上の責任を軽減する効果をもたらすもので、買主にとってまず有用なものと解されるところ、売主にとっては、買主の代金調達不能という本来ならばその債務不履行責任等を問い得る事態であるのに、何の代償もなくまさに右の代金調達不能という買主側の責に帰すべき事由をもって買主から売買契約を解除されることを甘受しなければならないことを意味し、売主にとって有用なものとは認め難いものといわざるを得ない。そして、右の解除権行使が許される期間が長ければ長い程、売主の法的地位は不安定となる筋合である。

このように考えると、本件契約書第一三条所定の融資利用の特約の適用を受けようとするならば、まず買主がこの旨明示すべきである(本件契約書表面に「融資の利用(有・無)」欄があるのは、まさにこのことをいっているものと理解される。)。そして、この特約の適用を受けることによって被る売主の法的地位の不安定を緩和するために、少なくとも解除権が行使できる期間が明らかにされねばならない(「融資申込先」とか「融資金額」とかは、必ずしも特定、明示されずとも、結局は右の期間内に売買代金の手当ができるか、あるいは将来できることが確実であるならば、右の解除権を行使しないであろうから、構わないかも知れない。)と解すべきである。

3  右2に説示したところを右1の認定事実に対比して、被控訴人主張の融資利用の特約の成否について検討する。

まず、本件売買契約が締結された平成二年六月二九日の席上、買主たる被控訴人会社の担当者ら、売主側の控訴人安永眞言並びに仲介人である訴外会社の担当者らが、本件契約書第一三条を巡って協議した内容は、前記1・(三)のとおりであるところ、被控訴人会社の担当者である新開らのいうことが、右特約の締結を申し出た趣旨であるのかどうか必ずしも明らかでないというほかはない。すなわち、売買代金の手当を銀行等の融資に頼るという一方で、融資を受けられないことはないから解除はしないといって、とりようによっては特約締結の必要がないと解されるかのようなことをいっているからである。しかも、本件契約書第一三条に対応する表面の「融資の利用(有・無)」欄に何も記載しなかったばかりか、「第一三条第二項の期日」欄の記載、すなわち特約に基づく買主の解除権行使のできる期間について協議された形跡はない。

また、前記1・(一)及び(二)の認定事実によるとき、本件売買契約が締結された席上においては、関係者一同が控訴人らの本件土地を売却する目的やこれに伴う右認定の控訴人らの諸事情、要望等について理解しており、この理解のもとに本件売買契約が締結されたのであるが、なかでも控訴人らが本件土地を約定の期限までに被控訴人に引渡すためには、まずもって建替え工事を先行させねばならないから、この工事着手後に本件売買契約が解除されるとなると、たとえそれが被控訴人の債務不履行によるものでその責任を追及し得る場合であっても、実際問題として控訴人らにとって困った事態になることは容易に推測できることである。そして、この解除の理由が、もしも融資利用の特約に基づくものであるときには、何の代償もないから、控訴人らにとって打撃が一層深刻であることも、また容易に察しがつくことである。

そうであるから、仮に融資利用の特約を締結するということであれば、この解除権行使の許容期間をどのように設定するかは控訴人らにとって重大な利害をもつべきことがらである。ところが、この期間について協議された形跡のないことは前記説示のとおりであり、また本件契約書表面の「第一三条第二項の期日」欄に何も記入されることがなかったのも既に説示したとおりである。

以上検討したところによれば、被控訴人主張の融資利用の特約については、当事者間に合意を見なかったと認めるのが相当である。

4  もっとも、証拠(<書証番号略>、原審証人新開憲之、当審証人牧耕造)によれば、被控訴人会社においては、不動産売買において本件と同じいわゆる融資利用の特約を付けないときは、契約書中の「融資の利用(有・無)」にこの旨を明記したり、特約に対応する各欄を全部抹消する取扱いであること、訴外会社が仲介する取引においても同様であること、福岡県宅地建物取引業協会の契約書定型様式においては、いわゆるローン特約の欄(融資申込先欄及びローン利用の特約条項有効期限欄)に、「ローン特約を付けないときは、この欄を抹消のこと」と注記されていること、以上の事実が認められる。そして、被控訴人は、この認定事実を根拠に、本件契約書第一三条に対応する各欄を抹消しなかったからには、本件融資利用の特約が合意されたと認めるべきであると主張する。

しかし、右認定のような取扱いであるからといって、契約書中の該当欄に何も記載されない場合であっても特約が合意されたものと認めるべきかは、既に前記2に説示したところに照らして疑問であるばかりでなく、本件においては右のような取扱いがあるからといって前記3の説示に影響するところはないと解される。

5  以上によれば、被控訴人の融資利用の特約の存在を前提とする主張は採用できない。

そして、前記1の認定事実によれば、被控訴人は、控訴人らに対し、売買代金一億三〇〇〇万円の二〇パーセントに当たる二六〇〇万円から受領済みの手付金相当額一三〇〇万円を控除して得られる一三〇〇万円の約定違約金及びこれに対する平成三年五月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四よって、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求を正当として認容すべきであるから、これと異なる原判決を取り消し、民訴法九六条、八九条、一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒賀恒雄 裁判官 近藤敬夫 裁判官 木下順太郎)

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